弔 辞
2013年07月08日
  • 今は亡き上坂昇先生の御霊に、心から哀悼の誠を捧げます。

 

  • もう20年以上も前になりますが、いわき市にゴルフ場の乱開発が押し寄せてきた時代がありました。市内だけでも50カ所の計画。そんな折に結成されたのが 「自然を大切にするいわきの会」でした。政界から引退された直後の上坂先生、そして柳沢一郎先生、石川陽山先生、という磐高野球部三人組が中心です。我々 も入れていただき、月に一度か二度、石川亭に集まって議論をし、それが終われば、すきやきを食べ、お酒を飲み、ありとあらゆることについての先輩方のお話 に、お腹をよじりながら笑ったものでした。まさに「竹林の七賢人」。洒脱でとらわれない如水の交わりでした。メンバーのお一人、演出家・河野和平さん作の 「河童の恋の物語」の上演が、会活動のハイライトになりました。

 

  • その後、縁あって私は議員の道を歩むことになりましたが、そんな私にとって、上坂先生はまさに政治の上でのお父さんという存在でした。握手の仕方、乾杯の 仕方、選挙の仕方から始まって、ありとあらゆることを教えていただきました。私は昭和二十四年の生まれですが、実は先生のご長男・たか志さんも同年のお生 まれだったことを、自伝である「順と逆」を通して知りました。強い御縁を感じる次第です。

 

  • 上坂先生は、旧平市議二期、県議二期、衆議院六期の輝かしい政治歴の他に、平藩の縁故者の集まりである平安会の会長、磐高野球部OB、エノケンのお宅の家 庭教師など驚くべき多面的な活動をされてきました。そのせいもあって通常の議員には考えられない奥深さをお持ちでした。例えば市議会議員時代には、「人を 出し抜かない」ことがモットーでした。各地で報告会を開く時には、地元の議員にも来てもらって、一緒に報告会をしたとのことであります。いかにも平藩の重 役の懐、知情意のバランス、そして颯爽としたベースボールマンであります。「人生には誰にも転機がある。その転機をどう掴むかで、進む道が変わって行く」 上坂先生の言葉です。まさにその通りの人生を先生は送られました。

 

  • 私達は、先日の田畑金光先生に次いで、上坂先生という真に心から尊敬できる人格者リーダーを失いました。力を合わせて、お二人の遺志を継いでまいりたいと 思います。上坂先生、どうぞ安らかにお眠り下さい。そして残されたわれわれの行く手を、高いところからどうぞ見守って下さい。改めてお願い申し上げまし て、弔辞といたします。
吉田泉のスピーチ アーカイブ


SSL GMOグローバルサインのサイトシール 公式サイトの確認方法