弔 辞
2013年04月26日
  • 今は亡き田畑金光先生の御霊に、心から哀悼の誠を捧げます。

 

  • 今から約20年前になりますが、東京六大学OB会対抗のソフトボール大会をやろうという話が持ち上がりました。そこに参加するためには、まず「いわき赤門 会」というOB会を作らねばなりません。それでは田畑先生に初代会長になっていただこうと、何人かでお願いに参りました。田畑先生と直接のおつきあいをい ただいたのは、その時からだったと思います。

 

  • その後、私は縁あって市会議員から国会議員へと政治の世界を進むことになりましたが、それからは、折に触れ勿来のお宅にお伺いし、色々なご相談をいたしま した。その時の田畑先生のお話の的確さは驚異的というべきものでした。情勢分析、人物評価、心構え、打つべき手、冷静にかつ暖かく、しかも楽しそうにお話 しをいただきました。「一番の政治家は、政治を楽しめる人」という趣旨の言葉がありますが、田畑先生にピッタリであると思わされました。

 

  • 先生は奄美大島のご出身、大阪に出て高等学校に学び、さらに東京に出て法学を修め、満州に渡ってお勤めになり、終戦後は、いわきの炭鉱に就職、その後政治 の世界に入られ、県議会、衆議院、参議院、いわき市長、とお勤めになられました。奄美からいわきまで、人生の節目、節目でジャンプすることを躊躇しない、 勇気ある決断が連続する人生だったと思います。結果として、いわきは勿論、福島、日本、そして中国と、広い世界における「精神的な支柱、リーダー」になら れ、その役割を最高のレベルで遂行されました。これからも、色々難しい判断に迫られる時、田畑先生ならどうされるだろうと、多くの方々が繰り返し、繰り返 し、先生を思い出すことになると思います。

 

  • 偉大なる人、田畑金光先生、満百歳を目前にご逝去されました。心からご冥福をお祈りするとともに、残されたわれわれの行く手を、中村秀樹君を筆頭に、高いところから見守っていただけますよう、改めてお願い申し上げまして、弔辞といたします。
吉田泉のスピーチ アーカイブ


SSL GMOグローバルサインのサイトシール 公式サイトの確認方法