ひとやすみエッセイ◆3◆「しだれ桜を植える」
2015年06月30日

陽気が良くなり、食べ物、酒、そして花の季節となった。世の中では新年度が始まって気ぜわしい時期でもあるが、その傍らでそれら三つも楽しみたい。

 

まず食べ物であるが、今の日本はなんと言っても世界に冠たる料理大国だと思う。それはプロの世界だけではなく、一般の家庭料理も含めてである。なぜなら書籍、雑誌、新聞、テレビなどで、次から次へと色々なレシピが競い合うように発表される。その中から気に入ったものを選んで、その通りに作れば、家庭で「分とく山」や「ラ ベットラ 落合」などの料亭、レストランの料理を一応楽しめるということだから。

ところで最近我が家で人気のレシピは「ベルベル オムレツ」だ。しばらく前のテレビで、女優の菅野美穂さんがアフリカ・モロッコの村を訪ね、そこのレストランで昼食にそれを注文した。材料はトマトと玉ねぎと卵。調理法は、まず①トマトとたまねぎをサイコロに切ってオリーブ油で炒める。②そこに塩・胡椒・クミン・パプリカをまぶす。③最語に卵を流し入れ、ふたをして弱火で5分ぐらい蒸す。これはベルベル人の家庭料理なのでシンプルこの上ないものだが、不思議な味わいで飽きない。なおコクを出すために、ホタテの貝柱かベーコンなどを少し入れてもいいと思う。

 

さて、次に楽しむべきはお酒だ。最近感服したのが、二本松の某酒造の「特別純米古酒」。なんと20年物で琥珀色になっており、ラベルにはシェリー酒の香りと書いてあった。それを市内某宅で、清の時代の磁器の杯でいただいたのだが、古酒と骨董の二つが醸し出す、時間がなせる業というものに脱帽させられた。それは柔らかい風格というものであった。

 

そして最後を飾るのは花である。私は政治の世界にしばらく居り、最後の十年は吉野正芳君が選挙の相手方であった。彼は高校の同期生でもあるので、選挙期間以外は仲良く付き合っていたが、そんな彼との戦いも前回の選挙で一段落となり、私は充電の期間に入った。

一方でつい先日、ピッピという名の我家の猫が寿命を全うして庭に埋まった。その供養のためにも、また自分の充電のためにも、この際庭の真ん中に木でも植えようか、と考えた。

そんなある日、中通りに出向く用事があり、その帰りに樹齢千年の「三春の滝桜」を訪ねることになった。ちょうど満開の、地球上の生命の象徴のようなしだれ桜をじっくりと拝見し、その風情を脳に焼き付けながら小道を戻ると、苗木屋が並んでいる。そこの親父さんに「しだれ桜の丈夫そうな苗を」と頼んでみた。親父さんは2メートル程の元気そうなのを勧めてくれた。それを大事に持ち帰り、腐葉土を買い求め、庭に植えた。植え終わった後、苗木に付いていたラベルをはがし、家の中に戻って、お茶を飲みながらラベルをよく見てみた。すると苗木の生産者、つまりあの親父さんの名前が書いてあった。その名前はなんと「吉田正芳」であった。

(りいど27年6月号掲載)

吉田泉のエッセイ


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