ひとやすみエッセイ◆2◆「最後の会話」
2015年05月31日

先日、父が92年の人生の幕を閉じた。

大正11年に日立市の海辺で七人兄弟の末っ子として誕生、20歳の時に徴兵入隊、戦後26歳の時に平の商家に婿入り、以来家業に精を出し3人の子を育て、酒と旅行と詩吟を楽しんだ人生だった。

死の2か月余り前に、お腹の不調を訴えて入院した。1週間位前には本人も「そろそろだな」という自覚を持ったように思う。そこで私から人生を振り返ってもらえるような質問をしてみた。

■小さい頃はどんなことをして遊んだの?

学校から帰ると、だいたい畑の手伝いだったよ。

■学校はどうだったの?

実は卒業証書をもらってない。小学校は1年飛ばしで中学校に行ったし、時代が時代だから、そこも1年繰り上げ卒業で鉱山に勤めた。

■鉱山時代の思い出は?

四国の銅山で採鉱課の主任になった。地元の人が時々ウサギを捕まえて鍋にしてくれたなあ。

■戦争にも行ったね?

宇都宮の部隊に入って満州そして南方へ行った。終戦はパラオ本島。隣のペリリュー島では水戸の連隊が全滅だった。

■すぐ上の兄さんは戦死してしまったね?

ミッドウエー海戦だった。芯のある孤高の人で将来有望だったがね。

■婚約時代はお母さんとどこでデートしたの?

鎌田の夏井川の土手をよく散歩した。松が岡公園にも行ったなあ。

■結婚式の思い出は?

まだ配給の時代で砂糖が貴重品だったが、市川パンの社長さんがカステラを引き物に作ってくれた。有難かったね。

■家業の茶販売業の方は?

戦後60年でお茶の味は随分変わった。品種改良が進み、冷蔵庫が出来たのが大きかった。

■90年生きてきて、印象深い食べ物は?

八幡様の旅行で相馬の原釜港に泊まった。その朝飯に出た煮魚はうまかった。その日に採ってきたものだった。ドンコかもしれない。

■思い出の景色は?

那智の滝。日光の中禅寺湖で見た一本の白樺。外国ではアメリカのヨセミテ公園。カナダのロッキー山脈。ブラジルも行けてよかった。

■好きな歌は?

日立の父親は消防団長だったので、酒盛りが多かった。脇で聞いて覚えたのが「磯節」。森山良子の「さとうきび畑」もジーンと来る。

■人生哲学は?

「のんびりと」だね。磯節のリズムだよ。

 

死の前日、食べたいものは何と聞いたら「お煎餅」と言うので口に入れてみたら、一かけら食べて「満足」と言ってくれた。

その後亡くなり棺に納まった父に、私は「お父さん、また会おう!」と声を掛けてみた。父は「うん」と言ったような気がした。それが最後の会話になった。

(りいど27年5月号掲載)

吉田泉のエッセイ


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